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超解像顕微鏡による腎臓の解析 ~腎臓学の「新時代」♪~ 松井 功 先生(大阪大学腎臓内科 )
2023.07.18
学会
ネフローゼ症候群は腎臓の糸球体毛細血管係蹄壁(毛細血管の壁・バリアー・篩)の障害によってタンパク尿、低タンパク血症と全身性の浮腫を生じる病態の総称です。ネフローゼ症候群の中でも、腎生検の組織を調べても光学顕微鏡上はほとんど変化を認めない疾患を微小変化型ネフローゼ症候群 (minimal change nephrotic syndrome: MCNS) と分類しています。
糸球体上皮細胞ポドサイトは腎臓糸球体基底膜を外側から覆う細胞です。検索して実際の糸球体の顕微鏡画像を見ていただくとよくイメージできると思います。ポドサイトからPrimary process(一次突起)さらにfoot process(足突起)という突起状構造を進展し隣合うポドサイトの足突起と規則的な嚙み合わせを作り、足突起の間に血液ろ過のバリアーとして働いています。このポドサイトが障害を起こすと、血液中のタンパク質が尿に漏出する、つまりタンパク尿となります。ポドサイトはもう分裂できないと言われており、障害を起こして剥離・脱落してしまうとその構造が再生されることはありません。そこに糸球体の外側の構造であるボウマン嚢の上皮細胞が癒着してしまい、糸球体硬化と言う状態になると考えられています。通常、腎機能低下が認められた場合、腎生検の組織病理検査で、このポドサイトの足突起の構造を調べることにより糸球体の状態から、MCNSの進展レベルを調べます。
前置きが長くなりましたが、ここからが発表内容になりますが、
なぜ、ポドサイトの足突起は通常の光学顕微鏡では観察できないのか?それは、足突起の幅が150nmであり、光学顕微鏡の分解能200nmよりも小さいからです(Abbe, Rayleithの分解能)。これに対し、近年急速に発達した構造化照明※を用いる超解像度顕微鏡を用いて、日常診療鏡検している染色済み標本の蛍光画像取得を行ったところ、ポドサイトの足突起を観察できたということです。病理検査で日常的に使用している色素の中には蛍光物質が含まれており、その定番染色法のひとつであるエラスティカマッソン(EMT)染色で結果的にポドサイトの微細構造を識別できたようです。さらに、足突起の正常度を示すオリジナルのスコアと尿蛋白量が逆相関を示したことから、この評価方法が有用である可能性が示されました。また、尿細管細胞のミトコンドリアの可視化とその構造スコアと腎機能低下スピードを示すeGFRスロープと逆相関を示したことから、尿細管間質性障害による腎予後の予測にも活用できる可能性も示されました。
個人的なコメントです。腎生検の病理検査では光学顕微鏡では識別できない構造を調べるために電子顕微鏡像まで確認をしているのですが、電子顕微鏡の標本作成には専門スキルと手間と診断のトレーニングが欠かせません。病理医は日本全体で2000人と絶滅危惧種と言われています。その中でも腎生検の病理診断のトレーニングを受けた方はさらに少なく、その人数が今後増えるとは考えにくいことから、別の分子マーカーか、AIによる画像診断が発展する余地が大いにあると筆者は感じていますし、実際その方向に進んでいると思われます。
本顕微鏡技術は、熟練したスキル抜きにルーチンで使用しているプレパラートを鏡検するだけでこれまでよりも多くの情報を収集できるという点で意義深いと思いました。ただし、この顕微鏡の導入費用と観察・画像取得にかかる時間がどの程度なのかが知りたいところでした。もしかしたら、腎臓以外の臓器・細胞構造でも対象が拡大するとさらに価値が増すかもしれません。新しい診断・治療・創薬のアプローチのひとつの技術として期待できるのではないかと感じました。
※「構造化照明」とは
“構造化照明とはある一定の周期構造を持つ縞を標本に与えることである。一定の周期構造すなわち縞状の照明(構造化照明)と、標本の微細構造の間でモアレと呼ばれる現象が発生する。モアレとは規則的なパターンを複数重ねあわせたときに、元のパターンとは異なったパターンが観察される現象であり、このモアレ現象を顕微鏡に応用したのが構造化照明顕微鏡である。一般にモアレの空間周波数は重なり合ったパターンの空間周波数の差となり、その周期は元のパターンより粗くなる。つまり、従来の光学顕微鏡では微細すぎて捉える(解像する)ことのできなかった細かい構造が、構造化照明によって元の模様よりも粗くなることで従来の光学顕微鏡で解像することができるようになるため、得た画像をもとに、性質が分かっている構造化照明の縞の要素をコンピューターで演算し元の細かい構造に戻す画像処理をすることで、オリジナルである標本の微細構造を観察する。”
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