Siteflow image
Siteflow image

①脳梗塞のゲノム疫学研究 清水厚志 先生 (岩手医科大学 医歯薬総合研究所 生体情報解析部門)

2022年8月28日

清水厚志 先生 (岩手医科大学 医歯薬総合研究所 生体情報解析部門)

近年の考え方としては、循環器疾患の発症には、運動不足、高カロリー食、喫煙、飲酒、塩分、ストレス、睡眠不足等の生活習慣の乱れにより、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などのメタボリックシンドロームの発症、そして、動脈硬化を基盤とする脳卒中、心筋梗塞などの致命的な疾患発症のリスクが高まること、さらにそれぞれの段階に遺伝が関連していることが示されています。研究脳卒中の遺伝要因の寄与率については、過去の双胎児研究から32%と言われています。

既存の研究では、脳梗塞のゲノムワイド関連解析(GWAS)により、脳梗塞をアウトカムとした解析を行っています。近年のGWAS研究でよくやられている既報の研究データを統合したメタ解析という手法を用いてサンプル集団の規模を拡大させることにより、新規の関連多型を発見できる可能性が高まります。脳梗塞には複数の病型があるのですが、病型に関連する遺伝子多型が同定されてきました。一方で、GWAS研究から多くの疾患に関連している「感受性多型」が発見されてきましたが、実際にはその多くの多型の個々の疾患発症への寄与率は低く、期待された遺伝的背景に比べ実際にはわずかしか説明できていない「失われた遺伝率(missing heritability)」と呼ばれている状況でした。

最近、新しい研究手法として有効性が示されているのがポリジェニックリスクスコア(PRS)という考え方です。これは、遺伝子多型それぞれにリスクの大きさを判定し重みづけを行います。これらを総合して全体の遺伝の影響を判定します。演者らのグループが新たに開発した、測定した多型情報を全て用いるモデルから得られた遺伝的スコアを用いた分析結果として、脳梗塞の病型毎にGWASよりも発症予測精度が高い結果が得られ、糖尿病、高血圧、喫煙などの脳梗塞の主要なリスク因子と同等以上の独立したリスク因子であることが示されました。さらに、このPRSが高値群と低値群について「糖尿病、高血圧、喫煙のリスク因子をいくつ持っているか?」をさらに分析することにより、PRSが高くても、糖尿病、高血圧、喫煙に対する適切な介入を行うことにより、発症リスクを低減できることも示されました。

結論として、GWASは疾患発症モデル生物の作製、創薬研究、そして疾患発症機序の解明に適しており、ポリジェニックリスクモデルは、発症リスクの予測、予防プログラムの開発、次世代の個別化予防医療の実現につながるとしました。

質疑応答でコメントがありましたが、

・日本のコホート研究の難しさとして、日本人の健康意識の高まりにより糖尿病などリスク因子の管理が向上すると発症率が低下し、研究結果が出にくくなるのではないか。

・疾患発症に対する遺伝的寄与率が低い理由として、脳梗塞とは直接的なリスクとならない、例えば血圧に関連するような中間的なリスク因子が関与しているのではないか。

・治療薬の臨床試験でPRSを用いてハイリスク群を層別化するとよいのではないか。

個人的な感想として、限界が見えてきたGWASに対し新しいポリジェニックスコアという解析手法の有効性が示されたことで、将来的に循環器領域でも個別化予防の手法が確立する可能性が感じられました。ゲノムの解析コストは下がってきているものの、圧倒的な遺伝子多型の情報量に対し、エビデンスが十分な多型の数が少なく実臨床における個別化予防医療の普及が難しいと感じていましたが、まずは治療薬の有効性の評価試験時の層別化技術としての普及の方が速いかもしれないと思いました。コンパニオン診断技術として普及と追加の臨床情報を蓄積することでがん以外の疾患領域でもゲノム医療の普及に向けた社会的基盤の構築が進みやすいのではないでしょうか。