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シングルセル解析と疾患ゲノム情報の統合 岡田 随象 先生 (大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学)

2023年2月1日

○岡田 随象1,2,3 (1.大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学, 2.東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学, 3.理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム)

近年、個別の一細胞における遺伝子発現動態を定量化するシングルセル解析技術(scRNA-seq)が発達し、従来のバルク解析(bulk RNA-seq)では困難であった生命現象の解明に貢献しています。シングルセル解析は10×Genomics社のドロップレット一細胞解析技術が開発され一気に広がりを見せました。

遺伝子発現量の変化は、細胞内・生体内の機能に影響を与える中間形質(エンドフェノタイプ)であるので、eQTL解析(遺伝子多型が遺伝子発現に与える量的効果)を行うことで、遺伝子多型と疾患発症の繋がりを検討できると考えられています。

本演題では、シングルセル解析を巡る最新の状況に加え、新型コロナウイルス感染症の大規模ゲノム解析・シングルセル解析を例とした解析実践例を示しました。この解析は、2020年5月に立ち上げられたコロナ制圧タスクフォースの成果で、100以上の医療機関や大学が参加、6000名以上の患者のゲノム・RNA・血漿・臨床情報を収集しており、アジア人集団最大規模の新型コロナウイルス研究コホートです。

COVID-19感染は誰でも起こり得るものですが、若くして重症化する人にはgermline geneteicsが関係しているということが示されました。本演題では、非高齢者のCOVID-19患者検体のゲノム解析を行い、重症化遺伝子DOCK2を同定しました。DOCK2は免疫細胞特異的に発現し免疫応答を抑制する遺伝子で、常染色体優勢遺伝のDOCK2欠損症は複合免疫不全を生じ、早期発症の侵襲性感染症を引き起こすことが知られていました。

まずRNA-eq解析を行い、その結果COVID-19重症度に応じてDOCK2発現量が低下していることを認めました。次に重症化している患者と健常人の末梢血のシングルセル解析を行った結果、DOCK2は単球樹状細胞上におけるCD16+ non-classical monocytes(インターフェロン活性を担う)特異的に発現していることがわかり、重症者ではCD16+ non-classical monocytes上のDOCK2発現量が低下していることがわかりました。

では、このDOCK2発現量低下とgermline geneteicsにはどのような関連があるのか?ということですが、DOCK2遺伝子の変異は健常者では変異があってもDOCK2の発現量に変化はありませんが、コロナ感染下ではその変異があることでDOCK2発現量が低下することがわかりました。これはCOVID-19重症化感受性遺伝子変異が、単球分画かつ感染状況特異的なeQTL効果(=cell-type&context-specific eQTL)を有していることを示しています。またCD16+ non-classical monocytesにおけるI型インターフェロン応答活性は軽症者で上昇しいている一方、重症者では低下していました。今後、DOCK2を活性化する薬剤が新たなCOVID-19の治療薬となることが期待されます。この研究成果は、2022年8月8日(英国時間)に国際科学誌『Nature』オンライン版に掲載されました。

岡田先生は遺伝情報と形質情報の結びつきを,統計学の観点から評価する遺伝統計学の先駆的開拓者で、この学会でも多数の発表をされていました。これからは個別化医療、個別化予防が重要で、PRS、腸内細菌メタゲノム、臨床情報・生活習慣、エピゲノム、メタボローム情報を統合することで集団の層別化を行う必要があり、個別化医療、個別化予防の実装に向けた研究を多数行われています。誰もが自分のゲノムを知ることができる社会が構築されつつある中で、今後の研究結果が楽しみです。