太田 博樹・○小金渕 佳江 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻)
ヒトの持つアルコールに対する感受性は主に2つの遺伝子によって決定されます。アルコールの成分であるエタノールをアセトアルデヒドへ代謝する1B型アルコール脱水素酵素(ADH1B)とアセトアルデヒドを酢酸へ代謝する2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)です。中間産物であるアセトアルデヒドは強毒であり、飲酒時の顔面紅潮や頭痛、吐き気の原因となります。これまでの研究で、エタノールからアセトアルデヒドへ変化する反応、アセトアルデヒドから酢酸へ変化する反応、どちらの反応でも血中のアセトアルデヒド濃度が高くなるアレルの頻度が東アジア人で高いことがわかっています。
今回の報告は、同じアルコール代謝系に関与する遺伝子で、しかも異なる染色体に位置する遺伝子で、どちらも血中アセトアルデヒド濃度を上昇させる多型の頻度が東アジアで高いという事実は、何か環境適応と関係があるのではと考え、集団遺伝学解析を行なった報告になります。結果としては、正の自然選択がかかった、つまり上記の多型が東アジアの集団で選択的に濃縮されたことを示すシグナルが検出されました。
ではなぜお酒に弱い変異が生存・繁殖に有利に働いたのか?それは中国南部の水田農耕の始まりと関係があるということでした。それまで狩猟生活を行っていたヒトが農耕生活へ移行することで、定住・密集する環境を形成し、感染症のリスクが高まったと考えられます。先に述べたようにアセトアルデヒドは猛毒で、アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱いヒトがお酒を飲むと、体内には分解できない猛毒のアセトアルデヒドが増えることになり、その結果その毒が病原体を攻撃する役目を果たした可能性があるということです。ちなみにALDH2低活性型多型の人は欧米やアフリカ人ではほとんどいません。
今回の講演はアルコール感受性遺伝子についてでしたが、これ以外にも糖尿病や高血圧、脂質異常症、高尿酸血症などに関連する地域特異的多型が存在することが報告されています。現在、欧米人を中心に大規模なGWASが多く実施され疾患病因の解明が進んでおり、その解析結果は、疾患発症予測や治療層別化などの目的で実用化が示されつつありますが、遺伝的変異の分布には民族差があるため、欧米での解析結果を日本人に応用できる範囲は限定的であり、日本でのゲノム医療実装のためには日本人のGWASが必要不可欠であると考えられています。このような解析が進み、個別化予防、個別化医療が実用化されることを期待します。